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半世紀前の1957年、ドラッカーは、『変貌する産業社会』の序文「このポストモダンの世界」(『テクノロジストの条件』収載)において、「17世紀の半ば以降350年にわたって、西洋はモダンと呼ばれる時代を生きてきた。19世紀には、その西洋のモダンが、全世界の哲学、政治、社会、化学、経済の規範となり、秩序となった。だが今日、モダンはもはや現実ではない。さりとて、モダンの後の現実であるポスト・モダンも、未だ定かな世界観となるにはいたっていない」といった。
本書のテーマは、あえていうならば、このモダンの世界観からポスト・モダンの世界観への重心の移行であり、そこにおけるポスト・モダンの旗手としてのドラッカーの意義である。
ドラッカーはこういう。「モダンの世界観とは、17世紀前半のフランスの哲学者デカルトのものだった。この間、心底デカルトを信奉した哲学者はあまりいなかった。しかし、モダンと呼ばれた時代の世界観はデカルトのものだった」
本書にいうポスト・モダンとは、この近代合理主義としてのモダンを内包し、かつ越えるものとしてのポスト・モダンである。それは、明治後半から昭和初期にかけての芸術、分化、風俗としてのモダンに続くものでも、いまアカデミズムで耳にする「ジェンダー」「マイノリティー」「カルチュラル・スタディーズ」「脱構築」を直接意識したものでもないことをはじめにお断りしておきたい。 (上田惇生『ドラッカー入門』より)
本書のテーマは、あえていうならば、このモダンの世界観からポスト・モダンの世界観への重心の移行であり、そこにおけるポスト・モダンの旗手としてのドラッカーの意義である。
ドラッカーはこういう。「モダンの世界観とは、17世紀前半のフランスの哲学者デカルトのものだった。この間、心底デカルトを信奉した哲学者はあまりいなかった。しかし、モダンと呼ばれた時代の世界観はデカルトのものだった」
本書にいうポスト・モダンとは、この近代合理主義としてのモダンを内包し、かつ越えるものとしてのポスト・モダンである。それは、明治後半から昭和初期にかけての芸術、分化、風俗としてのモダンに続くものでも、いまアカデミズムで耳にする「ジェンダー」「マイノリティー」「カルチュラル・スタディーズ」「脱構築」を直接意識したものでもないことをはじめにお断りしておきたい。 (上田惇生『ドラッカー入門』より)