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当たり前の話だが、高給の記者が真面目に仕事をするはずはない。嫌われても他人と競争をし、リスクを犯して真相に迫るより、右を見て左を見て、みんなと同じ事をした方がずっと楽だ。世間が羨ましがる地位と収入を捨ててまで危険な事はしたくない。何よりも記者はサラリーマンなのである。
20年ほど前にある政治家がこう言った。「俺が話をした後、記者達はみんなで輪になって話の内容を付き合わせる。同じ記事を書くためだろう。昔はそんな事はなかった。一体最近の記者はどうなっているんだ」。しかしその政治家は腹の中で記者をバカにしながら、その方が都合が良いと思っている。
記者は「誰かがこう言った、ああ言った」と書き連ねるのが報道だと思っている。しかし世の中に本当の事を言う人間はいない。都合の悪い事は控えめに、都合の良い事は大声で言う。政治家ならなおさらだ。政治は毎日が戦いの連続である。地元にも党内にも国会にも敵がいる。それらの敵に勝たない限り、自らの理想は実現できない。
そして戦いの武器は情報である。敵に不利な情報を流し、自分に有利になるよう情報を操作する。それは当然の話である。だから悪意はなくとも政治の世界は嘘だらけである。記者の仕事は嘘から真相を読み解く事だが、新聞にもテレビにも、読み解いた報道にお目にかかった事がない。誰かの話を鵜呑みにして政治解説が作られている。
(「なぜ記者はバカになるか」【田中良紹の「国会探検」】)吉本 だから、極端に言うと、
喜劇的なことやたのしいことは、
必ず、悲しいものなんだと思うし、
悲しいものがどこかになければ、
それはそういうふうにはならないはずです。
なんだって、全体の雰囲気を言えば、
それは悲しいことだよと
要約されてしまいます。
だから、社会というのは、
漠然とした悲しみみたいなものが
満ち満ちてるところなんです。
それをなんか、
ちょっと変えたいな、と思うときに
言葉が発せられるんであって。
糸井 それで、吉本さんは詩を書いたんですね。
吉本 そうなんですよ。
ぼくなんかは、
それが自分の詩を書きはじめる
もとだったと思っています。
中くらいの頭の人間は、分子や原子は『概念』だと考えている。
利口な人間は、分子や原子をたんなる『約束』だと信じているのである。 都筑卓司
あらゆる知識人には、まったく特殊な責任があります。
知識人には、学問をする特権と機会が与えられているのだから、
仲間に対して(あるいは社会に対して)自分の研究成果を、
もっとも簡潔で、もっとも明瞭に、
かつもっとも謙虚なかたちで説明する責任があります。
もっとも悪いこと ──大罪── は、
知識人が自分の仲間に対して、大予言者気取りで立ちまわり、
御神託の哲学で感化しようとすることです。
単純、かつ明瞭に述べられないのであれば、
そのような者は、沈黙して、
言いたいことがわかりやすくなるまで仕事を重ねるべきです。
ヘムレンさんは、だんだんと目が覚めてきました。
そして、自分がだれだったのか思い出しました。
(だれかほかの、知らないひとだったらよかったのにな…)
ねむる前より、もっとずっと疲れていました。
なのに、また新しい一日がはじまろうとしているのです。
その一日が、夜までつづくのです。
それから、次の一日がやってきて、そのまた次の一日がやってきて、
一日また一日と、ずるずる、ずるずる、
なんのへんてつもないヘムレンさんの日々が、
のんべんだらりとつながっていくのです。
君はある時 何をみても何をやっても
何事にも感激しなくなった自分に気がつくだろう
そうさ君はムダに歳をとりすぎたのさ
そうさすべてのものがめずらしく
何をみても何をやってもうれしい
そんなふうな赤ん坊を
君はうらやましく思うだろう
弱い奴は、いや、弱さに甘んじる奴は、おれは軽蔑する。
自分の正当な権利を主張しない者は、
他人の正当な権利が侵害されるとき、共犯の役割をはたす。
ラインハルト・フォン・ミューゼル
(田中芳樹原作『銀河英雄伝説』)「その調子だと、おまえ、すぐおとなになっちまうぞ。
父さんや母さんみたいな、おとなになるんだ。
おまえにゃ、ぴったりだぜ。
ごくふつうに見て、ごくふつうに聞くだけのおとなだ。
つまり、なーんにも見ないし、なーんにも聞かないってことだな。
とどのつまり、おまえは、なんにもできなくなっちまうんだ。」
「傍観者自身に取りたてての歴史はない。
舞台にはいるが演じてはいない。
観客でもない。
少なくとも観客は芝居の命運を左右する。
傍観者は何も変えない。
しかし、役者や観客とは違うものを見る。
違う角度で見る。
反射する。
鏡ではなくプリズムのように反射する。
屈折させる」
ドラッカー「見る人間」
(ほぼ日「はじめてのドラッカー」より)それは、みんな、心を開いていないからだ。現代においては、みんな、防備しているのだ。
現代は巨大な自意識の時代である。かつてこれほどまで、平凡であること、凡庸であることが、全員から拒否された時代があっただろうか。かつては、どの時代でも一部の人間のみが、自分の凡庸さを嘆いた。大多数の人間は、自分が平凡であることを、何の抵抗もなく受け容れたのだ。殆どの人間が、親の職業を抵抗なく受け継ぎ、抵抗なく子供へと渡した。だが現代は違う。マスコミという巨大な自意識扇動装置は、平凡であること、凡庸であることが、罪悪であると布教する。平凡ではない可能性が、あなたの人生には溢れているのだと語り続ける。自意識とは、自分への関心のことでもある。マスコミは、いや映画も演劇も小説もマンガもそれらすべてが、あなたのあなた自身への関心を煽る。こんな人生もある、こんな生き方もある、こんな行動もある、こんなファッションもある、こんな食べ物もある、こんな仕事もある、こんな恋愛もある。それに較べて、あなたの人生のなんと平凡なことか。
そして、巨大な自意識の時代は生まれた。 (鴻上尚史『演劇論入門ーー賢く生きる為の方法論序説』)
ずっと子供の心のままでいたことです。 アルバート・アインシュタイン
高知県では、その発行部数から言って、高知新聞が圧倒的な影響力を持っているのですが、今回の「白バイ事件」には消極的です。朝日新聞が積極的ですが、県内での発行部数から言って、影響は小さいのです。しかし、最近、会う人ごとに尋ねているのですが、「白バイ事件」を知る人は意外に多いのです。ほとんどの人が知っています。そして、県民の多くは、「県警の身びいき」として「ブレーキ痕のねつ造」を「たち悪いな」とはき捨てるように批判しているのです。
しかし、私は、「県警の身びいき」とはまた別のところに、ことの本質は潜んでいるように思うのです。つまり、「ブレーキ痕のねつ造」は、捜査協力費の領収書偽造と同じ精神構造によるものだろうと思うのです。それは、体裁さえ整っていれば、何だってできるという警察のおごりです。たぶん、それが全国の警察の体質になってしまっているのでしょう。これは、とても恐ろしいことです。警察の言動はまったく信用できないということになってしまうからです。
県警は、ブレーキ痕の写真130枚も用意すれば、スピード違反で事故死した警官の名誉と遺族の将来を守り、生まれて初めての事故で人を死なせ恐縮しきっていた片岡さんを「犯人」に仕立て上げることができると考えたのでしょう。しかし、片岡さんには22人の中学生の目撃者がついていました。県警は22人の中学生を甘く見ていました。高校2年生に成長していた彼らのうちの20人が、仙波さんの講演会の日に、中学時代の「運転手さん」のために片肌脱いだのです。
やはり、捜査協力費の領収書偽造と同じく、キャリア警官のところに話が及んでしまいます。それは、県警本部長に代表される、国家公務員I種試験に合格したエリートたちの自己保身に関することです。彼らは大きなミスさえしなければ、時間とともに出世していくこの国のエリートたちなのです。彼らが最も怖れるのは、不祥事です。不祥事が社会的に表面化し、警察庁に知られてしまうことなのです。不祥事が表面化しないためには、無実の人が有罪になるくらいのことは、彼らにとって何でもないことなのです。
事故処理には30人もの警官が出てきたといいます。「異様な光景でした」と目撃者は言います。ちょっと多すぎやしませんか。何のために30人もいるのですか。これだけ多ければ、だれかが「ブレーキ痕」を描くくらいのことができたと勘ぐりたくもなります。そして、親切そうに報道関係者を集めて「ブレーキ痕」の写真を撮らせることもできたと勘ぐりたくもなります。県警の危機管理の初動体制はさすがでした。しかし、如何せん、描かれた「ブレーキ痕」が下手くそ過ぎました。
白バイ事故は、事故直後から「白バイ事件」に変質していたのです。事情通に言わせれば、現在、高知県警本部長は、退職後にいい天下り先を紹介してもらうためには、もうこれ以上の不祥事は許されない状況なのだそうです。世間を騒がせた捜査費問題の失点が大きいのだそうです。
今、右折するためにスクールバスを停めていただけの片岡晴彦さんに、刑事裁判として禁固1年4ヶ月、民事裁判として1億5千万円がのしかかろうとしています。車を運転する人は、誰しも停車することがあるのですから、くれぐれも白バイには注意してください。
小倉文三2008/01/01 高知県の国道で、高知県警の白バイとスクールバスが衝突し、白バイ隊員が亡くなった。スクールバスの運転手は免許を取り消され、業務上過失致死罪で禁固1年4ヶ月の判決が下された。しかし、この事故は停車中のバスに白バイが高速で衝突した「自損事故」の疑いが強い。