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Nov 4
“アメリカで大手も中小も「非常に新聞社の経営状態が悪いのですが、それがなぜなのかということも取材しています。これに関しては、インターネットによって広告収入が奪われて新聞がどんどんだめになっているという報道が多いようですが、実際に個別の事例を取材してみると、新聞社で経営状態が悪くなっているところの多くが、新聞事業自身は利益を出しているにもかかわらず、新聞社を保有している親会社や持ち株会社が多額の債務のために経営が悪化し、その煽りを受けて新聞社までが破綻したり経営に行き詰まっている場合が多いようです。
  
 今アメリカでは中小の新聞社も大新聞も、その多くが新聞経営とは直接関係のない資本家やファンドに保有されている場合が多く、昔ながらの家族経営の新聞社というのは、もういくらも残っていません。そういう企業は相乗効果を狙って新聞社やラジオ局、テレビ局などをどんどん買収し、資本の集中を図ろうとするのですが、その過程で巨額の債務を抱えることになります。そして、その債務を返済するために、非常に高い収益率を要求するようになりますが、今回の不況で広告収入などが落ち込み、要求される収益率が確保できなくなったところが多く、それが結果的に、本来は利益を出している新聞社さえも倒産に追い込んでいるという状況が少なからずあるようです。
  
 一例をあげると、ロサンゼルスタイムズ紙なんかを傘下に抱えるトリビューン社が今回破綻しましたけれども、これなんかはものすごく高い金額で多くの新聞を買い取って多額の債務を抱えている中での倒産です。ニューヨークタイムズもボストングローブっていうボストンの大きな伝統ある新聞を買っているのですが、そのときの債務が未だにすごくたくさん残っていて、ニューヨークタイムズ自体はそんなに悪くなっていないのに、持ち株会社のレベルになると非常に経営が厳しくなったりしていると。ネットも一部の要因ではあると思うのですが、ネットにやられちゃったので新聞が苦しいので規制緩和しろというのは、金儲けに散々走り回った人たちの勝手な言い分という面がなきにしもあらずという感じがします。”

民主党政権メディア改革案とアメリカFCCの功罪

2009年11月3日 ビデオニュース・ドットコム


Oct 27

 肖像写真から近現代の人間の変容をよむ

 ここでは写真の歴史のなかから,三人の偉大な肖像写真家を選んだ。ナダール、ザンダー、アヴェドンである。ナダールは十九世紀後半、ザンダーは二○世紀前半、この二人はまさに肖像写真家であった。アヴェドンは二○世紀後半に活動し、その範囲は広いが、肖像写真に限定して見ていく。

 ナダールは写真館で数多くの肖像写真を撮った。一枚一枚を見ていくと著名な人物が多い。新しく登場してきたブルジョワ階級を知的エリートで象徴していたのである。写されている人びとのポーズや服装は似たようなもので、あまり変わりばえしなかったが、ナダールが意識を集中したのは顔の個別性であった。

 ザンダーになると一様なポーズではなく、人物はその人にふさわしい場所に立ち、まわりの情景もそれらの人物の一部をなしていた。彼はナダールと違って、エリートだけという選別をしたのではなく、一時代の社会全体をさまざまな容貌によって見ようとしたのだった。彼を動かしたのは、ある時代の世界像を捉えようという意図であった。

 アヴェドンになると、もはや視覚的表現はほとんど制約がないほど自在になった。社会は写真に充分すぎるほど浸透されていた。人間のイメージとは何かをかなり自覚的に把握できるようになっていた。彼がポーズや人の顔に見いだしたのは、一種の「パフォーマンス」であった。アヴェドンのまなざしは、われわれの同時代の、空虚な特徴を際立たせるきわめて興味深い領域に入り込んでいる。

 こうした三人の写真をこれからたどってみる。それぞれの写真の差異から、記述された歴史とはちがう歴史が浮かび上がってくるだろう。

多木浩二『肖像写真—— 時代のまなざし —— 』より)

Oct 24
“ヤクザの恐喝と刑事の取り調べはどちらもそのような人情の機微に通じているという点で、よく似ています。これはだいたい二人一組で行われ、一方が「怖い人」、一方が「話の分かる人」の役を引き受けます。「怖い人」が「こら、なめたらあかんど」と脅かし、「話の分かる人」が割って入って、「ま、そんな怒鳴るもんやないで。兄ちゃん、こわがとるやないか」と助け船を出してくれます。そこでこちらは「話の分かる人」に「わらをもすがる」気持ちでとりなしを求めることになります。ところが、「話の分かる人」だったはずのその人が、こちらに十分すがりつかせておいたところで、突然凶悪な相貌に変じて、「こら、なに調子こいとるんや!」とどなりつけ出すのです。その瞬間に理性は「条理」に対する最後の頼りを失って、がたがたと崩れ去る。・・・・というのが「オトシ」の基本的な仕掛けです。” (内田樹『寝ながら学べる構造主義』)

Oct 10
“ カラダが病んでいるとなかなか好意的な方向へ頭がシフトできません。心配や不安に陥ってストレスが増えていくばかりです。かつての私は病気になるのも人のせいだと思っていました。でもそれは大きな間違いでした。病気も不幸も自分が作り引き寄せているのです。ストレスに負けない強靱さが養われれば、不幸は挑戦に、障害は飛躍の機会に変えられます。そのためにはストレス強いカラダと心のあり方が大切になります。
 病気は自分が意識した時が始まりではなく、その前から兆候が出ているはずです。不安や不信感、心配や苛立ちは病気の芽です。臓器が弱っていると、マイナスの感情に支配されやすくなりますが、カラダが良くなると余裕が生まれます。原因は外ではなく内にあるのです。
 カラダに流れている水をきれいにするには、心の持ちようと食事のバランスが大切です。悪い方向に陥り易いパターンを改善していくことは、心を解放して自分を楽にします。そうすると余裕が生まれ、相手のことを許すこと、理解することを考えるようになります。相手が変わるのではなく自分が変わるのです。
 その事に気付き反省することが出来ると、人との関係も良くなります。関係を修復するには、何より相手を理解することが大切です。しかし関係を修復する用意が自分には出来ているからといって、相手も用意が出来ているとは限りません。相手が自分とは対話できない状態の時には、静かに時を待つことも大事です。すぐに結果を求めると、かえって反発を生み出しかねません。
 ストレスを感じているなら、その環境を変えることも必要です。環境を変えるのは、相当な決心が必要かも知れません。でも、実は内なる問題だと気が付きさえすれば簡単なものです。
 一番重要なのは、自分に嘘を付かないことです。カラダと精神に嘘を付いて生きていれば、必ず歪みが出ます。自分に嘘をつかないこと、それは楽しく生きることです。楽しい気持ちで作ったものは、人を喜ばせます。「楽しい」というのは、自分の本質との繋がりです。”
(民著『ライスビート —たべてきこえるマクロビオティック』)

Oct 7
“芸術家が自身の表現を厳密に考えるほど、テクノロジーを無視できなくなる。” 2009年10月 6日 (火)「技術と芸術とツイッター」【明和電機社長ブログ】

Oct 6
“『古典とは、最初に読んだ時と同じく、読み返すごとにそれを読むことが発見である書物である。』” 【イタロ・カルヴィーノ】

Oct 5
“その時代のレイの短編小説において驚異的であり、またユニークでさえあったのは、それらがアメリカ人の日常生活を描いているとか、郊外中産階級やブルーカラー家庭の内実を描いていると言うことではなく、それらが、我々の隣人たちという存在のリアリティーについての、最悪のシナリオであったと言うことだ。それは、我々が認める認めないにかかわらず、我々の多くが現実に生活しているアメリカン・ライフの核心にある、精神の不毛性についてのシナリオだった。レイにはその不毛性を真っ直ぐ見据えるだけの勇気があったし、ありありと描き出すだけの才能があった。” (モートン・マーカス『我らのアメリカの悪夢』)

Oct 4
“彼はもちろん自分のクローンなんか求めてはいなかった。でも彼にはわかっていたのだ。自分自身の声を発見する為には物真似もまた必要な過程のひとつであることを。”

ジェイ・マキナニー「レイモンド・カーヴァー、その静かな、小さな声」

(村上春樹編訳『私たちの隣人、レイモンド・カーヴァー』より)


Oct 1
“半世紀前の1957年、ドラッカーは、『変貌する産業社会』の序文「このポストモダンの世界」(『テクノロジストの条件』収載)において、「17世紀の半ば以降350年にわたって、西洋はモダンと呼ばれる時代を生きてきた。19世紀には、その西洋のモダンが、全世界の哲学、政治、社会、化学、経済の規範となり、秩序となった。だが今日、モダンはもはや現実ではない。さりとて、モダンの後の現実であるポスト・モダンも、未だ定かな世界観となるにはいたっていない」といった。
 本書のテーマは、あえていうならば、このモダンの世界観からポスト・モダンの世界観への重心の移行であり、そこにおけるポスト・モダンの旗手としてのドラッカーの意義である。
 ドラッカーはこういう。「モダンの世界観とは、17世紀前半のフランスの哲学者デカルトのものだった。この間、心底デカルトを信奉した哲学者はあまりいなかった。しかし、モダンと呼ばれた時代の世界観はデカルトのものだった」
 本書にいうポスト・モダンとは、この近代合理主義としてのモダンを内包し、かつ越えるものとしてのポスト・モダンである。それは、明治後半から昭和初期にかけての芸術、分化、風俗としてのモダンに続くものでも、いまアカデミズムで耳にする「ジェンダー」「マイノリティー」「カルチュラル・スタディーズ」「脱構築」を直接意識したものでもないことをはじめにお断りしておきたい。”
(上田惇生『ドラッカー入門』より)

Sep 29
“「何も驚くべきことではない。
 理論は現実に従う。
 われわれにできることは、
 すでに起こったことを体系化することだけである」”
ドラッカー『マネジメント』

Sep 28
“「できないことはすることができない。
 しないことについて、何かを達成することはできない。
 人は強みを生かして初めて、何かをすることができる。
 何かをすることによって、何かを達成できる。
 したがって人の評価は、
 その人ができることを引き出すものでなければならない。
 その人の強みを知り、理解して初めて、
『彼の強みを生かしてさらに進歩させるには、
 いかなる弱みを克服させなければならないか』を
 考えることができる。
 弱みそのものは、通常誰の目にも明らかである。
 しかし弱みにはいかなる意味もない。
 重要なことは、さらによりよく行い、
 さらにより多くを知り、
 さらに成長していきたいという欲求である。
 それらの欲求が、
 より優れた、より強い、
 より成果をあげる人間をつくりあげる」”
(ドラッカー『現代の経営』より)

1989年、ドラッカーは『新しい現実』において、

「デカルトは、我思うゆえに我ありといった。
 今やわれわれは、これに加えて、
 我見るゆえに我あり と言わなければならない」と書いた。
つまり、モダンとポスト・モダンの双方の方法を駆使せよということだった。
 そのドラッカーが、日本人には、モダンよりもむしろポスト・モダンの時代に必要とされる知覚の能力があり、人を大切にする伝統があると言ってくれていた。

(上田惇生『ドラッカー入門』)

Sep 27
“「何をもって憶えられたいか」” ドラッカー

Sep 24

 当たり前の話だが、高給の記者が真面目に仕事をするはずはない。嫌われても他人と競争をし、リスクを犯して真相に迫るより、右を見て左を見て、みんなと同じ事をした方がずっと楽だ。世間が羨ましがる地位と収入を捨ててまで危険な事はしたくない。何よりも記者はサラリーマンなのである。

 20年ほど前にある政治家がこう言った。「俺が話をした後、記者達はみんなで輪になって話の内容を付き合わせる。同じ記事を書くためだろう。昔はそんな事はなかった。一体最近の記者はどうなっているんだ」。しかしその政治家は腹の中で記者をバカにしながら、その方が都合が良いと思っている。

 記者は「誰かがこう言った、ああ言った」と書き連ねるのが報道だと思っている。しかし世の中に本当の事を言う人間はいない。都合の悪い事は控えめに、都合の良い事は大声で言う。政治家ならなおさらだ。政治は毎日が戦いの連続である。地元にも党内にも国会にも敵がいる。それらの敵に勝たない限り、自らの理想は実現できない。

 そして戦いの武器は情報である。敵に不利な情報を流し、自分に有利になるよう情報を操作する。それは当然の話である。だから悪意はなくとも政治の世界は嘘だらけである。記者の仕事は嘘から真相を読み解く事だが、新聞にもテレビにも、読み解いた報道にお目にかかった事がない。誰かの話を鵜呑みにして政治解説が作られている。

「なぜ記者はバカになるか」【田中良紹の「国会探検」】

Sep 22

吉本 だから、極端に言うと、
喜劇的なことやたのしいことは、
必ず、悲しいものなんだと思うし、
悲しいものがどこかになければ、
それはそういうふうにはならないはずです。

なんだって、全体の雰囲気を言えば、
それは悲しいことだよと
要約されてしまいます。
だから、社会というのは、
漠然とした悲しみみたいなものが
満ち満ちてるところなんです。
それをなんか、
ちょっと変えたいな、と思うときに
言葉が発せられるんであって。
糸井 それで、吉本さんは詩を書いたんですね。
吉本 そうなんですよ。
ぼくなんかは、
それが自分の詩を書きはじめる
もとだったと思っています。

吉本隆明「ほんとうの考え」

009 言葉


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